はじめに
就業規則は作って労働基準監督署に届け出れば終わりと思われがちですが、それだけでは足りません。
就業規則は、労働者にきちんと周知してはじめて効力が認められます。
労働基準法は、就業規則を労働者に周知することを使用者に求めており、厚生労働省も、就業規則は配付・掲示・備え付け・電子媒体での常時確認などの方法で周知しなければならないと案内しています。
さらに、労働契約法では、合理的な労働条件が定められた就業規則を労働者に周知していた場合に、その内容が労働契約の内容になるとされています。
つまり、就業規則は「作成しただけ」「届出しただけ」では不十分で、実際に労働者が知ろうと思えばいつでも確認できる状態にしておくことが重要です。

【この記事を書いた人】
よしもと国際行政書士・社会保険労務士事務所
行政書士・社会保険労務士
吉本 祐樹(Yuki Yoshimoto)
この記事では、就業規則の周知義務の基本、周知方法、対象、周知しない場合のリスクを、企業向けに総論記事として整理します。
就業規則の周知義務とは
就業規則の周知義務とは、会社が作成した就業規則を、労働者がいつでも内容を確認できるようにしておく義務です。
労働基準法106条に基づき、就業規則は労働者に周知させなければならず、厚生労働省もその方法を具体的に示しています。
ここで大切なのは、説明したつもりではなく、客観的に労働者へ周知されている状態が必要だという点です。
厚生労働省は、労働契約法7条の「周知」とは、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことだと説明しています。
就業規則の作成義務がある会社と、周知が問題になる会社
就業規則の作成義務があるのは、常時10人以上の労働者を使用する事業場です。
ここでいう労働者には、正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトも含まれます。
就業規則を作成・変更した場合は、過半数組合または過半数代表者の意見書を添付して、所轄の労働基準監督署長へ届け出る必要があります。
もっとも、実務上は10人未満の事業場でも就業規則を作成して運用しているケースがあります。
その場合、10人未満の会社であっても、その就業規則を労働契約の内容や職場のルールとして機能させるためには、周知が必要となります。
就業規則の周知方法として典型的なのは3つ
労働基準法施行規則52条の2に基づき、就業規則の周知方法としては、主に次の3つが認められています。
見やすい場所への掲示・備え付け
職場の見やすい場所に掲示したり、誰でも自由に閲覧できる場所に備え付けたりする方法です。
紙の就業規則を事務所内の共有棚に置く方法などが典型です。
書面で交付する
労働者一人ひとりに、就業規則そのものを配付するような方法です。
紙で交付するほか、入社時に就業規則冊子を渡す運用も見られます。
電子媒体で常時確認できるようにする
社内PC、共有サーバーなどに就業規則を保存し、各作業場で労働者が常時確認できる機器を設置する方法です。
単にデータを保存しているだけではなく、労働者が必要なときにいつでも確認できる状態であることが必要です。
周知されているといえるための実務ポイント
就業規則は、作成した後にこっそりと会社のキャビネットに入れているだけ、あるいは共有フォルダに保存されているだけでは足りません。
労働者が知ろうと思えばいつでも内容を知り得る状態にしておくことが重要です。
したがって、保管場所や閲覧方法を労働者が知らない状態では、周知として不十分と評価されるおそれがあります。
実際の裁判例を見ても、会社側が「説明した」「掲示した」と考えていても、それだけで十分な周知と認められるとは限りません。
中部カラー事件(東京高判平成19年10月30日)では、就業規則の変更について、経営会議や全体朝礼で従業員への説明が行われていたものの、その説明は十分とはいえず、また、休憩室の壁に掛けられていた就業規則にも変更内容の一部しか記載されていなかったことなどから、変更後の就業規則は実質的に周知されたとはいえないとして無効と判断されました。
この裁判例からも、会社としては「説明したつもり」「掲示したつもり」では足りず、労働者が変更内容を実際に確認できる状態になっていることが重要だといえます。
また、周知は既存社員だけの問題ではありません。
厚生労働省は、労働契約法7条の「周知させていた」は、その事業場の労働者だけでなく、新たに労働契約を締結する労働者に対しても、あらかじめ周知していることが必要であり、契約締結と同時である場合も含まれると説明しています。
入社時説明の際や、雇入れ時に就業規則の周知をしっかりと行うことが重要になります。
さらに、就業規則を変更した場合も、変更後の内容を周知する必要があります。
就業規則を周知しないリスク
労働基準法違反として罰則の対象になる可能性がある
就業規則の周知は、会社が任意で行うものではなく、法律上求められている義務です。
そのため、周知を怠った場合には、労働基準法違反として30万円以下の罰金の対象となる可能性があります。
もっとも、実務上の問題は罰則だけではありません。
就業規則をきちんと周知していないと、以下のように会社としてその内容を職場のルールとして主張しにくくなり、懲戒や労働条件変更の場面でも不利に働くおそれがあります。
就業規則を会社のルールとして主張しにくくなる
周知を怠る最大のリスクは、その就業規則を会社のルールとして十分に機能させにくくなることです。
就業規則は、作成しただけ、あるいは労働者代表の意見を聴いただけで足りるものではありません。
実際に労働者がその内容を確認できる状態にしておいてはじめて、職場のルールとして意味を持ちます。
そのため、会社としては「就業規則を作った」「労働基準監督署に届け出た」というだけでは不十分です。
労働者が必要なときにいつでも確認できる状態にしておくことが重要です。
労働契約の内容として扱いにくくなる
就業規則は、合理的な内容であり、かつ、労働者に周知されている場合に、労働契約の内容として扱われやすくなります。
逆にいえば、周知が不十分であれば、会社としては「就業規則に書いてあるのだから当然に適用される」とは言いにくいです。
特に、服務規律、休職、退職、賃金控除など、会社として守ってほしいルールほど、周知の有無が重要になります。
就業規則を作ること自体も大切ですが、実務では「作った後にどう伝えているか」も同じくらい重要です。
懲戒処分の根拠として使いにくくなる
懲戒処分との関係でも、就業規則の周知は極めて重要です。
会社が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則に、どのような行為が問題になるのか、それに対してどのような懲戒処分があり得るのかを定めておく必要があります。
そして、その内容が労働者に周知されていてはじめて、会社のルールとして機能します。
言い換えれば、社員としては、何をしてよいのか、何をしてはいけないのか、そのルールに違反した場合にどのような処分があり得るのかが、あらかじめ分かる状態でなければなりません。
その基準が示されていないまま、問題が起きた後になって会社が後出しで処分を持ち出すことは認められないということです。
ある問題が起こり、それに関する就業規則上の懲戒規定があったとしても、その内容が社員に周知されていないと判断されれば、懲戒処分の有効性が否定される可能性があります。
実際の裁判例でも、就業規則が十分に周知されていなかったことを理由に、その効力が問題となった例があります。
たとえば、フジ興産事件(最高裁第二小法廷平成15年10月10日判決)では、会社が就業規則に基づいて懲戒解雇を行ったものの、問題となった行為の時点で就業規則が労働者に周知されていたかが争点となりました。
最高裁は、就業規則が法的規範として拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける労働者に周知させる手続が必要であると示したうえで、周知の有無を十分に認定しないまま懲戒解雇を有効とした原審判断を破棄し、事件を差し戻しました。
つまり、就業規則の周知が不十分であれば、会社は懲戒規定を当然には根拠として使えないということです。
不利益変更が認められにくくなる
就業規則の不利益変更においても、周知は欠かせません。
たとえば、賃金や手当の見直し、休職制度の変更、服務規律の厳格化など、労働者にとって不利益になり得る変更を行う場合には、変更内容が合理的であることに加えて、変更後の就業規則が適切に周知されていることが重要になります。
そのため、内容自体に一定の合理性があったとしても、変更後の規則が社内で十分に共有されていなければ、会社としてはその変更を主張しにくくなります。
就業規則は「隠すもの」ではなく、共有して活かすもの
就業規則は、会社側だけが持っていればよいものではありません。
会社としてのルールを社員と共有し、社員がその内容を理解したうえで日々の行動に移してこそ、就業規則は意味を持ちます。
そもそも、社員に分からない場所に置いていたり、内容が十分に伝わっていなかったりすれば、そのルールは現場では機能しません。
会社にとっても、社員にとっても、知らされていないルールは守りようがなく、トラブルの予防にもつながりません。
就業規則の目的は、会社が一方的にルールを押し付けることではなく、労使双方がその内容を理解し、共通のルールのもとで協力しながら、よりよい労使関係や労働環境をつくっていくことにあると私は考えています。
だからこそ、就業規則は「作成して保管しておくもの」ではなく、社員にしっかり公開し、理解してもらい、実際に活かされる状態にしておくことが重要です。
就業規則は、作成して終わりではありません。
周知まで行ってはじめて、会社のルールとして実際に機能するものだと考えるべきです。
よくある誤解
Q 労働基準監督署に届け出ていれば、それで十分ですか
A いいえ、それだけでは十分ではありません。
就業規則は、作成・変更時に労働基準監督署への届出が必要ですが、届出をしたことと、労働者に周知されていることは別問題です。
就業規則は、作成して届け出ただけで当然に職場のルールとして機能するわけではありません。
労働者が必要なときにその内容を確認できる状態にしておいて、はじめて実際のルールとして意味を持ちます。
Q 社内共有フォルダに保存していれば、周知したことになりますか
A 必ずしもそうとは限りません。
電子データによる周知自体は認められていますが、重要なのは、労働者が各作業場で必要なときに常時確認できる状態になっているかどうかです。
たとえば、保存場所が分からない、閲覧権限がない、パスワードが分からない、現場に確認用の端末がないといった状態であれば、実際には周知として不十分と判断されるおそれがあります。
単にデータを保存しているだけではなく、労働者が実際に見られる運用になっているかが重要です。
就業規則の周知 チェックポイント
自社の就業規則の周知に関する運用が十分か、以下の点を確認してみてください。
就業規則の周知チェックリスト
・就業規則の最新版が、労働者にいつでも見られる状態になっている
・就業規則の保管場所や閲覧方法が、社員に明確に案内されている
・社員の入社時に、就業規則の所在や基本的な内容を説明している
・就業規則を変更した際、変更後の内容を周知している
・正社員だけでなく、パート・アルバイト・有期社員も閲覧できる運用になっている
・電子データで管理している場合、現場で実際に確認できる状態になっている
・パスワードや閲覧権限の問題で、実質的に見られない状態になっていない
・外国人社員がいる場合、必要に応じてやさしい日本語や補足説明を行っている
1つでも不安があれば運用を見直したい
1つでも不十分と感じる項目があれば、周知の運用は見直しの余地があります。
就業規則は、作っているだけでは足りません。
社員が必要なときに確認でき、内容を理解し、職場で実際に活かせる状態になっていてはじめて意味があります。
まとめ
就業規則は、作成して労働基準監督署に届け出れば終わりというものではありません。
労働者に周知されてはじめて、会社のルールとして機能します。
周知が不十分であれば、就業規則に書いてある内容であっても、会社として当然に主張できるとは限りません。
懲戒処分や労働条件の不利益変更の場面でも、周知ができていないことは会社にとって大きなリスクになります。
そのため、重要なのは「就業規則を作った」だけではなく、労働者が必要なときにいつでも確認できる状態になっているか、内容が適切に伝わっているかという点です。
特に、入社時の案内、就業規則変更時の周知、パート・アルバイトを含めた全労働者への共有、電子データの実際の閲覧可能性などは、あらためて見直しておきたいポイントです。
就業規則は「管理部門でこっそり保管しておくもの」ではなく、社員に公開し、内容を理解してもらい、現場で活かされる状態にしてはじめて意味のあるものとなります。
また、外国人社員がいる職場では、日本語の就業規則を置いているだけでは足りない場面もあります。
やさしい日本語や多言語資料、口頭での補足説明などを通じて、内容を理解できる形で周知する視点も欠かせません。
さらに、就業規則は一度作って終わりではなく、法改正や会社の実態に合わせて定期的に見直すことも必要です。
当事務所では、就業規則の作成だけでなく、既存の就業規則の見直し、法改正対応、実態に合ったルールへの改定、周知方法の整備まで含めてサポートしています。
・昔作ったままで見直していない
・内容が現場の実態に合っていない
・変更したが、社員への周知の仕方に不安がある
・外国人社員への説明方法も含めて見直したい
このようなお悩みがある場合は、早めに就業規則の運用を見直しておくことをおすすめします。
お気軽にご相談ください。

