中小企業のメンタルヘルス対策|安全配慮義務・ストレスチェック・休職対応【社労士が解説】


はじめに

「最近、遅刻や欠勤が増えている社員がいる」

「元気がなく、明らかに様子がおかしいが、どう声をかければいいか分からない」

「メンタル不調の社員が出たとき、会社としてどこまで対応すべきなのか」

このような悩みを抱える企業は少なくありません。

メンタルヘルスの問題は、本人の体調や性格の問題として片づけられがちですが、実際には会社の労務管理そのものに関わるテーマです。

対応を誤ると、休職や退職だけでなく、労災、ハラスメント、安全配慮義務違反など、より大きな問題につながることもあります。

さらに近年は、企業に求められる法的対応の範囲が、以前にも増して広がっています。

ストレスチェック、高ストレス者への面接指導、長時間労働者への対応、安全配慮義務、ハラスメント防止、治療と仕事の両立支援など、関係する制度は一つではありません。

2025年以降の法改正も踏まえると、2026年時点では「今すぐ必要な対応」と「これから準備すべき対応」を分けて理解しておくことが重要です。


この記事を書いた人

よしもと国際行政書士・社会保険労務士事務所

行政書士・社会保険労務士

吉本 祐樹(Yuki Yoshimoto)


この記事では、企業に求められるメンタルヘルス対策について、法律の説明だけでなく、会社として何をしておくべきかという実務目線で整理します。

メンタルヘルス対策は「大企業の話」ではない

メンタルヘルス対策というと、

「社員数の多い会社がやるもの」

「うちにはそんな問題はない」

と思われることがあります。

しかし、実際には中小企業ほど、ひとりの不調が職場全体に与える影響は大きくなりやすいものです。

少人数の職場では、1人の長期離脱で現場の負担が一気に増え、他の従業員にもストレスが連鎖しやすくなります。

制度が十分に整っていない会社ほど、現場対応が属人的になり、「そのときの上司の判断」で対応がぶれることも少なくありません。

会社の責任が問われるのは、メンタル不調が発生した後の対応だけではありません。

むしろ、長時間労働の放置、相談しづらい職場環境、ハラスメントへの不十分な対応、休職・復職ルールの未整備など、日頃の職場管理のあり方そのものが問題になることがあります。

問題が表面化したときには、「会社として必要な配慮をしていたのか」が問われるためです。

つまり、メンタルヘルス対策は、その場しのぎの個別対応ではなく、会社全体の労務管理・リスク管理・職場づくりの問題なのです。

会社が対応を誤ると何が起こるか

会社がメンタルヘルス不調に十分対応できていない場合、よく起こるのは次のような流れです。

最初は、社員の遅刻・欠勤・ミスの増加、業務スピードの低下、周囲とのトラブルなど、「ちょっとした違和感」から始まります。

ところが、上司が「本人の問題だろう」と片づけてしまうと、不調が悪化し、休職や退職に至ることがあります。

さらに、その過程で長時間労働やハラスメントが疑われれば、労災や法的問題に発展する可能性もあります。

精神的な不調は外から見えにくい分、初動が遅れやすく、会社としても対応が後手になりがちです。

特に中小企業では、制度が未整備なまま個別対応で乗り切ろうとして、かえって問題を大きくするケースが少なくありません。

たとえば、休職のルールが曖昧なために対応がぶれる、主治医の診断書だけで復職可否を判断してしまう、上司が独断で配置転換や業務軽減を決めてしまう、といったケースです。

こうした対応は、本人の回復にも会社を守ることにもつながりにくいため、事前のルール整備が重要です。

企業が押さえておきたい3つの法的ポイント

労働安全衛生法上の対応

まず押さえておきたいのが、労働安全衛生法に基づく対応です。

代表的なのがストレスチェック制度です。現在は、常時50人以上の労働者を使用する事業場で実施義務があります。

高ストレス者から申出があった場合には、医師による面接指導を行い、その結果に応じて必要な就業上の措置を検討する必要があります。

また、長時間労働者への面接指導も重要です。時間外・休日労働が一定水準を超え、疲労の蓄積が認められる労働者から申出があった場合、事業者は医師による面接指導を実施しなければなりません。

会社には、そもそも労働時間の状況を適切に把握することが求められます。

ここで大事なのは、ストレスチェックや面接指導は、単に形式的に実施すればよいものではないという点です。

実施後にどう改善していくかまで含めて設計すべき制度です。

結果として何も職場改善につながらないのであれば、これらを実施する意味がありません。

労働契約法上の安全配慮義務

もう一つ重要なのが、労働契約法上の安全配慮義務です。

使用者は、労働者が安全に働けるよう必要な配慮をしなければなりません。

メンタルヘルス対策も、この安全配慮義務と無関係ではありません。

たとえば、明らかに不調のサインが出ていたのに放置した、長時間労働を是正しなかった、ハラスメント相談があったのに適切に対応しなかった、といった場合には、会社の配慮不足が問題になる可能性が高いです。

逆に言えば、会社としては「不調者が出てからどうするか」だけでなく、不調を悪化させない体制を整えていたかが問われます。

現場では、「どこまで会社が踏み込んでよいのか分からない」という声もよくあります。

必要なのは、社員の私生活に不用意に踏み込むことではなく、まずは勤務状況や業務負荷、相談体制、就業上の配慮など、会社として対応すべき範囲を整理・明確化しておくことです。

ハラスメント防止と就業環境の整備

メンタルヘルス対策を考えるうえで、ハラスメント防止も切り離せません。

パワーハラスメント防止のため、会社には相談体制の整備など必要な対応が求められています。

相談窓口があるだけでなく、実際に相談できる運用体制になっているか、相談後の調査や再発防止が機能するかが重要です。

また、顧客からの過剰な要求や暴言など、いわゆるカスタマーハラスメントも、従業員のメンタル不調の原因になることがあります。

今後は、社内の人間関係だけでなく、顧客対応を含めた就業環境全体の整備がより重要になります。

2026年時点で中小企業が特に意識したい改正ポイント

2026年時点で特に見ておきたいのは、小規模事業場にもストレスチェック義務化が広がる流れです。

これまで、ストレスチェックの実施義務は常時50人以上の労働者を使用する事業場が対象でした。

しかし今後は、50人未満の事業場にも義務化が広がる予定です。

2025年の改正労働安全衛生法により、50人未満事業場にもストレスチェック義務化が拡大することが決まりました。

もっとも、2026年3月時点では施行日はまだ政令で定められておらず、公布後3年以内に施行される予定です。

まだ施行前であっても、「そのうち考えればよい」と後回しにしていると、十分な対応ができないまま施行を迎えてしまうおそれがあります。

小規模事業場であっても、誰を対象にするのか、誰が実施に関わるのか、結果の取扱いをどうするのか、面接指導や外部機関との連携をどうするのかを、早めに考えておく必要があります。

また、治療と仕事の両立支援も、今後さらに重要になります。

がんや慢性疾患だけでなく、メンタル不調についても、治療を継続しながら働くケースは増えています。

今後は、休暇制度や勤務制度、相談体制、情報の取扱いなどを含めて、会社として両立支援の基本的な考え方を持っておくことが求められます。

会社として最低限整えておきたい実務対応

では、会社は具体的に何を整えておけばよいのでしょうか。

最低限、以下のような点は確認しておきたいところです。

まず、相談しやすい窓口があることです。

制度上は窓口を置いていても、実際には

「誰に何を相談してよいか周知されていない」

「相談窓口の対応を上司がやっている」

となるとなかなか機能しません。

相談先、相談方法、相談後の流れ、プライバシー保護対策を明確にしておく必要があります。

次に、労働時間の把握です。

長時間労働者への対応や業務負荷の見直しは、労働時間を正確に把握していなければ始まりません。

自己申告だけで曖昧に運用している場合や、サービス残業が常態化している事業所は見直しが必要です。

さらに、休職・復職のルール整備も重要です。

就業規則に休職制度があるか、復職判断をどう行うか、復職後にどのようなフォローをするかを明確にする必要があります。

そして、管理職への教育も欠かせません。

現場の上司は、最初に違和感に気づくべき立場ですが、対応を誤ると不調を悪化させることがあります。

「根性論で追い込まない」

「安易に私生活へ踏み込まない」

「まず勤務状況や業務負荷を確認する」

「必要に応じて人事や専門家につなぐ」

といった基本対応は、あらかじめ管理職研修を行うなどし、社内で共有しておくべきです。

社労士に相談する意味

メンタルヘルス対応は、法律だけを知っていれば適切に進められるものではありません。

実際には、職場の状況や労働者本人の事情がそれぞれ異なるため、画一的な運用が難しい分野です。

また、書籍や一般的な解説で紹介される事例だけでは、そのまま当てはめられないことも少なくありません。

一方で、現場の経営層・社員だけで対応してしまうと、対応の仕方によっては不適切な人事対応をしてしまうリスクもあります。

たとえば、ストレスチェック後の対応、面接指導後の就業上の措置、休職命令や復職判断、ハラスメント相談との切り分けなどは、実務上判断に迷いやすいです。

そのため、中小企業では、トラブルが起きてから対応するのではなく、あらかじめ就業規則、相談体制、対応フローを整えておくことが大切です。

社労士などの専門家が関与する意義は、個別案件への助言にとどまりません。

事前に会社として対応ルールやフローを整えておくことで、問題が起きたときの判断に予測可能性を持たせることができ、場当たり的な対応を防ぎやすくなります。

また、実際にメンタルヘルス不調の社員が生じた場合でも、会社として何を優先して対応すべきかを速やかに整理・判断できるため、本人の保護を早期に図りやすくなります。

対応する会社側も、あらかじめ必要な手順や役割を把握していることで、現場での運用を円滑に進めやすくなります。

さらに、休職や復職の判断についても、専門家の視点から想定される選択肢を踏まえたうえで、規程や運用ルールに反映しておくことができます。

これにより、個別案件ごとの判断がしやすくなり、会社として一貫した対応をとりやすくなります。

まとめ

メンタルヘルス対策は、今や一部の大企業だけのテーマではありません。

労働安全衛生法に基づくストレスチェックや面接指導、安全配慮義務、ハラスメント防止、そして治療と仕事の両立支援まで、企業に求められる対応は広がっています。

特に今後は、50人未満事業場のストレスチェック義務化が中小企業にも大きく影響してきます。

大切なのは、不調者が出てから慌てて対応するのではなく、普段から相談しやすい環境をつくり、労働時間を把握し、休職・復職や面接指導の流れを整えておくことです。

制度の話だけで終わらせず、自社では何が不足しているのかを一度見直してみることをおすすめします。

メンタルヘルス対策や就業規則の整備、休職・復職ルールの見直し、今後のストレスチェック義務化への備えについて不安がある場合は、お気軽に当事務所へご相談ください。